神はわたしの光
宮﨑契一
- 那覇教会 牧師
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主よ、あなたはわたしのともし火
主はわたしの闇を照らしてくださる。
旧約聖書 サムエル記下 22章29節
今年もこれからいよいよ暑い季節を迎えようとしています。私たちは、いろいろと季節が変わると、自分たちの気分が変わることがあったり、生活そのものも変わることがあると思います。その中で、この朝、心静かにご一緒に聖書の言葉に心を向けたいと思います。
先ほど、聖書の言葉をお読みしました。これは、当時イスラエルの国の王であったダビデの言葉です。聖書の中ではとても有名な人です。皆さんも、学校の歴史の授業などで、その名前を聞かれたこともあるかもしれません。
権力者の生涯というのは、いつの時代も波乱に満ちたものですし、浮き沈みの激しいものだと思います。私たちが聖書を見る時に、この偉大な王であったダビデの生涯も、まさにそのようなものでした。ダビデは、その前の王から激しく憎まれることがありました。その王によって、命を奪われそうになったことも一度や二度ではありませんでした。また、しばらくは逃亡の苦しい生活が続きました。王となってからも、今度は自ら、他の家の妻と関係を持つことまでしてしまいました。さらには、その事実を隠すために、その夫を殺すことまでしました。また、やがてダビデは、自分の愛する息子によって、都から追い出されるということも経験します。
このようにダビデは、人生の中でのあらゆることを経験した人です。様々な試練や苦しみがダビデの周りにありましたし、彼自身の罪の問題もありました。聖書は、ダビデという歴史に残る王の、このようないろいろな問題点を明らかに記しています。
しかし、彼が偉大な王であったと言われるのはどのような点にあるのでしょうか。それは彼が、自分の周りの試練や罪がある中で、いつも聖書の神を喜び続けたところにあります。今お読みした聖書の個所は、神様への感謝とか、神様を賛美することとか、そういうことに満ちているダビデの感謝の歌です。そして、このような感謝は、ダビデに限ったことではありません。私たち一人一人も、今ラジオを聞いておられるあなたも、自分自身は本当に駄目な者だ、相応しくない者だ、そういう自分を突き付けられる中で、私たちも心からこの神を自分の救いとして、自分の助けとして喜ぶ。こういう感謝は、私たち一人一人にあることなのです。
私たちも、ダビデのようにそれぞれの人生の中で何か行き詰まりを覚えることはあるはずです。もう自分ではどうすることもできない、そういう苦しみと悩みに向き合うこともあるはずです。けれども、その時こそ、ダビデのように、私たちが聖書の神を呼び求める時です。
私たち一人一人が、自分たちの苦しみであったり悩みに向き合うところでこそ、心から私たちが神様を呼び求める、ということがあります。それは、ダビデであっても私たちでも変わることはありません。今日のダビデの語った聖書の言葉を改めてお読みします。「主よ、あなたはわたしのともし火、主はわたしの闇を照らしてくださる」。
ここでダビデは、主は、わたしのともし火だ、と言っています。これは、神様がわたしの光だ、ということです。では、この神様が光であるなら、私たちは何なのでしょうか。ダビデは、闇だ、と言うのです。私の中には闇がある、けれどもそういう私を神様が照らしてくださって輝かせてくださる、このことをダビデはここで喜んでいるのです。
神様こそが私たちの光である、ということは、私たちの中には闇がある、ということです。そこからの救い、光を必要とするような闇が私たちの中にある、これが聖書が語っている私たち一人一人の真実の姿です。この私たちの中の闇とは、どれほどのものでしょう。それは、本当に深いものです。底知れない死の闇と言っても良いかもしれません。
私たちは毎日いろいろなニュースを見ていると、人間の深い闇を思わせるような事件や事故は絶えることがありません。また、私たちそれぞれが、普段、学校や会社や家庭で生活をしていても、何か自分自身の中に深い闇を覚えるということはあるのではないでしょうか。私たちは、自分の生活のことや自分の心のことを考えてみる時に、案外この闇を否定することはできないようにも思うのです。
聖書の神だけが、唯一の救いの光であり、この光が闇のある私を輝かせてくださる。これが、ダビデを生涯支えた神の救いです。そして、聖書全体を見る時に明らかにされることは、神の救いの光は、イエス・キリストだということです。神は、私たちの救いのために、独り子であるキリストをこの世にお送りくださいました。
この世とは、闇の世です。けれども、その世を、あるいはラジオを聞いておられるあなたを照らすために、神の救いであるキリストが与えられました。この方が世の光です。どうか、あなたを照らす光、キリストを求めて教会の礼拝においでください。最後に、キリストが語られた聖書の言葉をお読みします。
「わたしは世の光である。わたしに従う者は暗闇の中を歩かず、命の光を持つ」。