あなたの重荷を主にゆだねよ

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聖書の言葉

あなたの重荷を主にゆだねよ 

主はあなたを支えてくださる。

主は従う者を支え 

とこしえに動揺しないように計らってくださる。

旧約聖書 詩編 55編23節

坂井孝宏によるメッセージ

フィリピ4:6-7「どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。そうすれば、あらゆる人知を超える神の平和が、あなたがたの心と考えとをキリスト・イエスによって守るでしょう。」

フィリピの信徒への手紙というのは、イエス様の弟子である使徒パウロから、フィリピ教会の仲間たちへの呼びかけです。「どんなことでも、思い煩うのはやめなさい」と、パウロは呼びかけています。「ちっとも心配するな」という翻訳もあります。これと同じように、イエス様も私たちに「思い悩むな」と呼びかけてくださいました。食べるもの、着るもののことなど思い悩むな、あなたがたは鳥よりも価値あるものではないか。小鳥を養われる天の父が、あなたがたを養ってくださらないわけがない。だから思い悩むなと、イエスが励ましてくださったように、パウロもまた私たちの心を高く上げようとしてくれます。

そして、すべてを神に打ち明けなさいと続きます。「何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。」神に打ち明ける、神に求めるということは、人に求めないということです。あるいは自分で何とかしようとしないということです。

おもしろい言葉を聞いたことがあります。「思い煩いとは思い上がりだ」という言葉です。思い煩うというのは、そもそも自分の人生を、あるいは自分の愛する者たちの命を自分で支えねばならないし、支えることができるという前提に立つ思い上がりから生じるというのです。でも本当は、私たちは何一つ自分で支えることなどできないのです。私たちの周りにも誰一人として、そんなに頼りになる人はいません。思い煩いは人間の思い上がり、確かにそうかもしれません。人間はそんなにあてになるものではないのです。だから、神に打ち明けなさい、神に求めなさい。今日一緒に読みました詩篇の言葉にも「あなたの重荷を主にゆだねよ」とありましたが、主にゆだねていくことが大切です。

こう言いながら私も、まだまだ思い上がりがはなはだしくて、ゆだねるということがよく分かりません。自分であれこれ動き回った末にどうにも行き詰ってしまうこともしばしば。でもそうやって行き詰ってしまったことが、驚くような仕方で解決されていくという経験を、いくつかさせていただきました。それは祈りが聞かれたというとカッコいいですが、むしろ、祈ってもいなかったのに神様が恵みを与えてくださった、という経験です。この不信仰な者が、神様に期待していなかったこと、形では祈っていても、きっと難しいだろうとあきらめていたことが、本当に思いをこえた仕方で万事が益とされるという経験。クリスチャンというのは、こういう経験を繰り返しながら、だんだんと思い上がりが砕かれて、本当に主にゆだねるということができるようにされていくものなのだと思います。まだ、祈りが聞かれたという経験がない方もいらっしゃると思いますが、ぜひ信じてください。主は決して私たちに、悪いものを与えない方です。ペトロの手紙Ⅰ5:7「思い煩いは、何もかも神にお任せしなさい。神が、あなたがたのことを心にかけていてくださるからである。」そう信じて、重荷を主にゆだねることをお勧めします。

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