絵が苦手なあなたへ その②

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聖書の言葉

あなたは、わたしの内臓を造り

母の胎内にわたしを組み立ててくださった。

わたしはあなたに感謝をささげる。

わたしは恐ろしい力によって

驚くべきものに造り上げられている。

御業がどんなに驚くべきものか

わたしの魂はよく知っている。

旧約聖書 詩編 139編13~14節

吉田実によるメッセージ

先週は、私共の神戸長田教会で開いております絵手紙教室のことをご紹介しましたけれども、今日もその続きのお話をさせていただきます。

その絵手紙教室ハレルヤシルバーは、もともと私たちの教会の一人のおばあちゃんが「地域の方々と一緒にできるような活動をしたい」とご提案くださいまして、そのご意見に応えて始まりました。今年で10年目になります。

もともと私は美術大学で洋画を専攻しておりましたので、絵手紙のような日本画的な表現は専門外なのです。でも、私の父親が先に絵手紙を始めておりましたので、そんな父に絵手紙の基本を教わりながら、見よう見まねで始めたのです。私の専門の油絵よりも絵手紙の方が短時間で描けますし、道具もシンプルでお手軽だからです。

けれども、仮にも美術大学を出て美術の教師をしていた私が、ずぶの素人の父親に絵を習うということは、なかなか忍耐のいることでした。そもそも私の父親は、もともと絵を描くことなど大嫌いな人でありまして、「頼まれても絵など描くものか!」と言っていた人でした。

そんな彼は、50代の後半に背骨に腫瘍ができまして、大きな手術を繰り返し、一命を取り留めたものの、片足が不自由になりまして、定年前に仕事を退職せざるを得なくなりました。そしてその後何度も手術を繰り返しながら痛みと戦いながら治療を進めたのですけれども、何か趣味があったほうが気が紛れるし、励みにもなるということで、母親の勧めで絵手紙を始めたようです。「へたでいい、へたがいい。」という合言葉に励まされながら、重い腰を上げて絵手紙を始めました父親は、次第に苦手意識を克服いたしまして、絵手紙の世界にはまっていきました。そして本当に文字通り、「へたでいい、へたがいい」という合言葉を実践したと思います。

今年の2月に、父は心臓を悪くいたしまして、突然天国に帰ったのですけれども、改めて彼が残した作品を整理しながら、彼は良い絵を描いたと思いました。本当に不器用な歪んだ線とにじむ絵の具によって、美大を出た私には決して真似できないような世界を、彼は描いたと思います。最近絵手紙サークルの展覧会を開催したのですけれども、私が要領よく描いた作品は、父が不器用に、でもこつこつと、喜んで描き続けた作品の前に霞んでしまうのです。絵はテクニックではなくて、描く人の心が大切なのだということを、父から教わったような気がいたします。

そんな父は、長年にわたって背骨の痛みと戦い続けた人でありましたので、自分自身がいつも痛みを覚えているので、他の人の痛みにも大変敏感だったようです。後で分かったことなのですが、誰かが悲しんでいる、悩んでいる、落ち込んでいるというような話を聞きますと、娘の友人のような、あまりよく知らない人にも、彼はせっせと絵手紙を描いて送っていたようです。

彼の葬儀の時に、何人もの方からお声をかけていただきました。「私が悲しんでいたときに、辛かったときに、お父様がこういう絵手紙を下さって励ましてくださいました。」そういったお声をかけていただきまして、私はとても嬉しかったのです。そして、「絵など頼まれても描くものか。絵は苦手だし、嫌いだ」というところに彼がとどまっていたら、こういう小さな愛の物語は生まれなかったなぁと、しみじみ思わされています。

彼もきっと、美術の成績は振るわなかったと思いますし、作品を人に笑われたこともあったのではないかと思います。でも、今まで受けてきた他人の評価にとらわれないで、思い切って踏み出していったときに、神様によって造られた人間としての彼なりの創造力が、彼らしい仕方で華開いたと思うのです。そして小さな一人の人が、他の人との出会いの中で、愛を持って心を込めて何かをするときに、そこから始まる物語があるのだということ、そしてそれは、決して小さなことではないということを、今思わされています。

大きな悲しみが私たちの国全体が被っているという状況の中で、私たちは時に無力感に襲われるかもしれません。「私には何もできない」と思われるかもしれません。でも、大きなことはできなくても、生かされている日の限り、出会うことが出来るお一人お一人に対して、心を込めて愛をこめてあなたが何かをするなら、そこから始まることがきっとある。そしてそれは、決して小さなことではないのです。

母親の体内に私たちの命を宿してくださって、造り上げてくださった神様は、恐ろしいほどの力をもって、驚くべきものとしてみなさんを造ってくださいました。そんなみなさんが「どうせ無理だ」とあきらめないで、刷り込まれた苦手意識をポイとゴミ箱に捨てて、誰かに向かって心を込めて何かを始めるなら、描き始めるなら、歌い始めるなら、歩き始めるなら、そんなみなさんの決心から、神様の愛の物語は、深く静かに動き始めるのです。

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