愛の向かうところ

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聖書の言葉

愛することのない者は神を知りません。なぜなら神は愛だからです。

新約聖書 ヨハネの手紙一 4章8節

城下忠司によるメッセージ

世の中で最も美しく光り、輝きを放つものは、愛ではないでしょうか。愛といっても、夫婦の愛、男女の愛、親子の愛、家族の愛、友情などありますが、喜寿を迎えた私にとって、夫婦の間においての愛の関係が一番大切なものだと思うようになりました。

昔からの、言い伝えの中にありますように、奥さんが先に亡くなると、主人は後を追うように早く亡くなると、よく聞かされました。また、実際にあったことですが、ある作家が愛ゆえに、奥さんの死を追うかのように、自らの命を絶つということも起こりました。また、ある夫婦は愛を取り戻すために何年も忍耐し、祈り続けられています。男女の恋愛でも愛する人に捨てられ、自らの命を絶つことがいくらでもありました。

また友情についても、私の息子が死んだ時こんな経験をました。葬儀の間中、また、その後も、外に出て泣き続けた一人の友人がいたのです。しかし、人間同士の愛を考えて見ますと、愛が美しいばかりでないことも、実感するのではないかと思います。これらの愛にはお互いの愛の交流というものがあって、その流れが順調な時に美しく輝きます。また、自分が愛するという行為に対して、思っていないようでも、どこか相手からも見返りを望んでいるようなところがあるのが、人間同士の愛だと言ってもよいでしょう。

椎名麟三という作家は人間の愛についてこのように記しています。「相手が自分を生かしもし、殺しもすることのできるということに対する恐怖が絶えず自分を脅かしているからだ。このような恐怖にありながら、喜び得る喜びはキリスト者がイエスに対して持つ感情と極めてよく似ている。そして、その喜びが恐怖において感じられないとすれば、言いかえれば、その喜びに戦慄を伴っていないならば、そのキリスト者は人間としてのイエスを愛しているだけであって、同時に神の子として愛しているのではないことができると思う」と。

椎名麟三さんのこの文章には、イエスという名前とキリスト者が登場します。「イエス・キリストを私の救い主」と信じる者、また、「神は、独り子を世にお遣わしになりました。その方によって、わたしたちが生きるようになるためです。ここに、神の愛がわたしたちの内に示されました」という聖書の言葉を信じている者が、キリスト者です。椎名さんは人間同士の愛がどれほど素晴らしく見えても、神さまに対する愛、神さまから愛される愛と比べて、いかに小さいか、どんなに危ういかを語っています。

キルケゴールという哲学者が「知識も信仰も愛がなければ何の値打ちもない」と言ったそうですが、ここに言う愛も人間同士の間での愛とは全く違っているものです。キリスト者は自分のように隣人を愛しなさいということを、聖書からいつも教えられています。その愛は十字架の上で自らの命を人々の命のために、罪の救いのために献げられたイエス・キリストの愛です。

神さまの愛を思うとき、それはあまりにも大きすぎます。私たちは愛することに努力し、お手本として、イエスさまがあらわされた愛に倣いたいと思っていますけれども、いくら努力しても何も出来ない自分をみて、悲しくなります。また、隣人を愛することを人々から期待されても、このような犠牲的な愛は私の中から自然に流れ出ることはありませんし、兄弟姉妹の苦しみを共に分かつためにその人の暗闇の中に入って、留まり続けることも困難です。ただただ自己犠牲の愛から遠い自分を見ることの多い毎日です。

私たちは、かつては、人間同士が信頼し、助け合うという美しい気持ちを持ち合わせていました。今の時代は言葉が相手の心に届かない時代と言われます。この度の東日本の大震災を経験するなかで、悲しみ、絶望のなかにある人々に対して、各地から多くの涙と愛が差し出されていることに、私は真実の愛の向かうところを実感して感動しています。

さて、キリスト者として、イエスさまを愛し、喜び楽しむことを考えるとき、イエスさまに祈ること、イエスさまを讃美することが大きな位置を占めていると思います。日本には昔からの歌謡曲とか演歌とか、色々のジャンルの歌が沢山あります。その中にはとてもすばらしい歌が沢山あります。岩崎宏美さんという歌手をご存じの方は多いと思います。この方の歌で「聖母たちのララバイ」という題の歌があります。あるときこの歌の歌詞をじっくり読む機会がありました。長年聞いていたこの歌の内容については、とても良い詩であることに気付いていませんでした。こんな歌詞です。

さあ眠りなさい、

疲れきった体を投げ出して、

青いその瞼を、

唇でそっとふさぎましょう。

ああできるのなら生まれ変わり、

あなたの母になって私の命さえ差し出して、

あなたを守りたいのです。

この街は戦場だから

男はみんな傷を負った戦士、

どうぞ心の痛みを拭って

小さな子供の昔に帰って厚い胸に甘えて。

そう私にだけ見せてくれたあなたのその涙

あの日から決めたの、

その夢を支えて生きていこうと。

恋ならば何時かは消える、

だけどももっと深い愛があるの、

・・・

と、あと続いて歌われます。この歌での愛は人のために命を捨てる愛であることが分かります。聖書の教える愛と同じ愛であると思いました。こんな歌詞の歌があったことを今更のように驚いています。

最後に、ある人が語った、私の一番好きな言葉をお伝えします。

「神を愛するということは、神を喜び、喜んで神のことを思い、心から神に祈り、喜びを持ってただ独り御前に立ち,共におり、神を待ちこがれ、ひと言ひと言の御言葉を期待し、これを願い求め、神の御心を傷つけることなく神を喜び楽しむことである。」

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