ジェットコースター人生

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聖書の言葉

わたしは確信しています。死も、命も、天使も、支配するものも、現在のものも、未来のものも、力あるものも、高い所にいるものも、低い所にいるものも、他のどんな被造物も、わたしたちの主キリスト・イエスによって示された神の愛から、わたしたちを引き離すことはできないのです。

新約聖書 ローマの信徒への手紙 8章38~39節

申成日によるメッセージ

以前、ある芸能人が大学生を相手にして特別な講演を行ったテレビ番組を見たことがあります。彼は、とても波乱万丈(はらんばんじょう)な芸能生活だったので、「自分の人生はジェットコースターのような人生だ」と言いました。

芸能人の人が自分の人生を、「ジェットコースターのような人生だ」と言った時、わたしたちは、なぜ彼がそう言ったのか、だいたい分かります。芸能人と言うのは、人々の人気によって生きる人ですから、ジェットコースターのように、ぐっと人気が上がる時があれば、何かの問題で一気に下がってしまうこともあります。彼もやはりそのような人生でした。多くの人々に人気を浴びていた時があれば、だれも見てくれないどん底に陥ってしまった時もあります。

しかし、そのような事を考えますと、ジェットコースター人生は、人誰でも経験することではないかと思います。芸能人のように多くの人々に愛されるような高い所に上がったり下がったりすることはないけれども、やはり「人生山あり谷あり」と言うように、わたしたちもそれなりに上り坂と下り坂を何度か経験して今まで生きてきたのではないかと思います。

ところが、その芸能人が次に言った言葉が気になりました。彼は大学生たちに次のように言いました。「ジェットコースターには安全バーがあります。この安全バーがあるので、皆怖いけれども安心してジェットコースターに乗るわけです。『このジェットコースターは確実に安全だ』という強い確信がなければ、だれがジェットコースターに乗ることができましょうか」

そして彼は、人の人生も同じだと言いました。「わたしたちの人生も高い所に登って、時には一気に崩れおちる事がありますが、安全バーがあるので、絶対心配することない。だから勇気を出して人生を楽しむように」と言っていました。けれども、彼はその安全バーが何なのか、わたしたちの人生における安全バーが何なのかは言ってくれませんでした。あなたはその安全バーが何なのかご存じでしょうか。そして、その安全バーを持っておられるでしょうか。

わたしたちの多くは、自分の人生というジェットコースターにおける安全バーを持っていません。もし、持っているならば将来に対する不安などは全くないでしょう。わたしたちは「もしかして自分の人生が大無しになってしまうかもしれない」という不安をいつも持っています。確実に自分は安全だと思うように確信できる安全バーがないからです。

でも、わたしは実はこの安全バーを持っています。わたしにとって安全バーは、この世を創造し、この世を今も司(つかさど)っておられる方が送ってくださったイエス・キリストです。その方を信じる信仰こそ、クリスチャンにとっての安全バーです。

「クリスチャンになれば人生のすべての問題が解決される、どんな災いからも避けられる、失敗の知らない成功の道がずっと続く」という事を言っているのではありません。クリスチャンになっても、失敗があり、災難に遭うことや、人生の大きな問題にぶつかることもあります。

しかし、クリスチャンになる前と違うところがあります。それは、クリスチャンにはイエス・キリストという安全バーが着いていることです。この安全バーは故障することがありません。なぜならば、この安全バーを送ってくださる方が、この世を創造し、今もこの世を支配しておられる全能の神様であるからです。

あなたが乗っている人生というジェットコースターは安全でしょうか。失敗のどん底に陥る時も、激しい苦しみや辛さの中でも、嵐の恐怖の中でも絶対安全だと思われる安全バーを装着しておられるでしょうか。もし、まだその安全バーを持っておられなければ、わたしはあなたにイエス・キリストを紹介いたします。

イエス・キリストを受け入れることは、自分の弱さと罪深さを認め、イエス・キリストのみが、自分を罪から救うことのお出来になる方であることを認めることです。そしてこれからの人生を神様に委ねることです。弱さを持っている自分の力で、すべてをなしこなさなければならないことではなく、自分にできないことを神様に委ねることです。

聖書に出てくるパウロという人も、大変な人生を過ごした人でした。特に、クリスチャンになってから、彼は多くの苦しみや命を狙われるようなことが何度もありました。しかし、彼はそのような中でも決して自分の人生の中で恐れることはありませんでした。先ほどお読みした言葉のように、彼は自分がどんな場合においても「主キリスト・イエスによって示された神の愛から、わたしたちを引き離すことはできない」という強い確信を持っていたからです。

これこそがイエス・キリストという安全バーを持っている人の強さでしょう。どうか、あなたにもこの力強い安全バーが与えられるように、お祈りいたします。

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