主の祈り 5

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聖書の言葉

だから、こう祈りなさい。『天におられるわたしたちの父よ、御名が崇められますように。御国がきますように。みこころが天に行われるとおり、地にも行われますように。わたしたちに必要な糧を今日与えてください。

新約聖書 マタイによる福音書 6章9~11節

吉田謙によるメッセージ

今日は「主の祈り」の第4番目「必要な糧を今日与えてください」という祈りについて学びたいと思います。

この「糧」という言葉は、原文では「パン」という意味の言葉が使われています。ですから、ここでの「糧」というのは、直接的には文字通り食べ物のことを言い表しています。けれども、ただそれだけに限定されるのではありません。この言葉には、食べ物に代表されるような様々な必要、つまり、衣服や健康や仕事、経済状態、生活上の様々な必要が含み込まれています。そういう意味では、この祈りは、私たちの日々の生活にしっかりと根づいた、本当に具体的な祈りであると言えるでしょう。

この主の祈りの4番目の祈りは、私たちが実際に祈っている「主の祈り」では「我らの日用の糧を、今日も与えたまえ」となっています。おそらく、これは日ごとの糧を祈るということで、「昨日与えられた糧が今日も与えられるように」という意味を込めて「今日も」と翻訳したのだと思います。けれども、原文には、この「も」という言葉はどこにも出てきません。むしろ「今日というこの日に」「この日にこそ」という表現が用いられています。「今日」が大事なのです。「今日も」と言ってしまいますと、「昨日」「今日」「明日」の連続性の中で、「今日」という日の重要性がぼやけてしまいます。昨日と今日は違うのです。昨日、支えられたからと言って、今日も自動的に大丈夫というわけではない。今日は今日で神様の助けをいただかなければならない。「今日も」と言ってしまいますと、「今日、神様の助けをいただかなければならない」という真剣さが削がれてしまうのです。あるいは、「昨日」「今日「明日」という連続性を強調し過ぎますと、「今日は空しい一日だったけれども、明日は充実した一日であるように」というように、今日という日の大切さが見失われがちです。けれども、本当はそうではない。この祈りは、今日というこの日に、神様の祝福を感謝し、神様の助けを真剣に祈り求めるのであります。

スイスに一人の実業家がいました。すぐれた知性の持ち主で、毎日とてもよく働いていたそうです。「どうしてそんなに、せっせと働いているのですか」と尋ねられると、彼はこう言ったそうです。「私は、もともと実業家の生活を好んではいない。本当は、毎日、本を読んで心豊かに暮らした方がいいと思っている。その時が来たなら、はじめて人間らしく生きられると思う。そういう生活を実現させるために、今、懸命に働き、家を建て、書斎をつくり、そこを書物で満たしているのだ」と。彼の望んでいた通り、いつしか彼の書斎は本で一杯になりました。「これで望みがかなった。もう働くのはよそう。これから本当の生活が始まる」そう思った時に、今まで働き過ぎたためでしょうか。彼の視力は衰え、ついに失明してしまった、と言うのです。

これは本当に悲しい話です。財産をつくり、食べる心配もなくなって、ゆったりと本を読むことが出来るようになってはじめて、これこそ神様から与えられた祝福された人生なのだと考える・・・。こういう考え方は、果たして正しいのでしょうか。毎日、ただ食べるためだけの汗を流しながら、本当の生活はここにあるのではなくて、あそこにあるのだと夢を見続ける。果たして、これが聖書の神様を信じる人の生き方なのでしょうか。私はそうは思いません。本当は、そういう毎日毎日の労苦の中にこそ、父なる神様の祝福のまなざしを感じ取る、これこそが信じる者の心なのではないでしょうか。

毎日毎日、職場に通い、家族のことで労苦が絶えない時には、確かに早く年を取って、悠々自適の生活をおくりたい、と思うことがあります。人間は、いつも、今、この時の生活を受け入れることが出来ません。将来を夢見るのです。けれどもイエス様は、そういう私たちの思いに逆らって、この「主の祈り」を教えて下さいました。即ち「今日というこの日は、あなたにとってかけがえのない大切な一日なのだ。だから、決して諦めてはいけない。また、軽く見てはならない。今日という日があなたらしく光り輝くように、あなたの必要を真剣に神に祈り求めなさい」と教えて下さったのです。自分としては到底めでたいとは思えないこの生活を、神様は既に祝福しておられます。「今日の苦しみ、今日の悲しみがなければ、私の人生は成り立たない」と言えるほどに、神様は、この今日という日を、かけがえのない大切な大切な一日として、私の人生の中に位置づけておられる。私たちはそういう神様に向かって、信頼を込めて、毎日、毎日、「わたしたちに必要な糧を今日与えてください」と真剣に祈るのです。

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