十字架で結ばれる母と子①

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聖書の言葉

イエスは、母とそのそばにいる愛する弟子とを見て、母に、「婦人よ、御覧なさい。あなたの子です」と言われた。それから弟子に言われた。「見なさい。あなたの母です。」そのときから、この弟子はイエスの母を自分の家に引き取った。

新約聖書 ヨハネによる福音書 19章26~27節

岩崎謙によるメッセージ

次週は母の日です。それにちなんで、主イエス・キリストと母マリアとの関係を、聖書から学びましょう。

クリスマス物語において、マリアは、中心的な役割を果たしています。「神の子の母」となるということは、マリアにとって大きな試練でした。それを受けとめて、マリアは神に従い、その使命を果たします。

マリアの人生は、「救い主の母」となる、祝福されたものです。しかしそれは同時に、シメオンが預言したとおり、心を剣で刺し貫かれるような心労をも伴った日々ではなかったか、と推察しています。我が子が人々からの苦しみを受けて、十字架で殺される・・・。そのことをマリアは見なければなりませんでした。

その母をいたわるような主イエスの優しい言葉は、聖書にはほとんど記されていません。マリアへの語りかけの言葉の中には、一読すると、突き放すような冷たさが宿っています。

実は、マリアは、母として我が子イエスを心配するだけでなく、一人の罪人として、主イエスから救いを受けなければなりませんでした。そして、一人の弟子となって主イエスに仕えることを、学ばなければならなかったのです。

そのマリアが、十字架上の主イエス・キリストの足元にたたずんでいます。主イエスは、十字架の上から、そのマリアに目を留められて、言葉をかけられました。それが、今日お読みした御言葉です。

母マリアを見つめ、愛する弟子を指し示し、「これから、彼があなたの子だ」と、そして、愛する弟子に対しては、「これから、彼女があなたの母となる」と語られました。聖書はこの後に、「そのときから、この弟子は、イエスの母を自分の家に引き取った」と説明を加えています。新しい母と子がここにできたのです。

この場面のすぐあとに続くのは、主イエス・キリストが、頭を垂れて息を引き取られた、という場面です。実は、母マリアを愛する弟子に託す行為が、地上で主イエス・キリストがなされた、まさに最後の業(わざ)でした。

このことをなさってから、主はすべてを成し遂げられたことを知り、息を引き取られたのです。このことは、主イエス・キリストが、ここに至るまでずっと、母マリアのことを心にかけておられたことを示しているように思われます。

また、今日は、この御言葉が、十字架の上から語られたということに、思いを向けたいと思います。十字架につけられる前に、愛する弟子とマリアを個別に呼び、「これから十字架にかけられて死ぬけれども、あとを頼む」というふうに話すことはできただろうと思います。しかし、主はそのようにはされませんでした。

実は、この十字架上で、母を弟子に託す、という行為は、主イエス・キリストの業(わざ)であると共に、神ご自身が用意してくださった恵みの御業(みわざ)です。

主イエスはただひたすら、十字架に進んで行かれます。そのことを何よりも尊ばれます。しかし神が、その最後のところで、母との出会いの場を用意してくださったのです。

そして主は、十字架を見つめる、愛する弟子と母マリアとを十字架の上から結び付けてくださったのです。主イエス・キリストは、十字架の苦しみの極みにおいて、最後の息が切れようとしているその苦しみのさなかで、母マリアに目を留めておられます。この主のお姿を覚えましょう。

私たちも、どのようなときにも、母のことを、また母だけでなく、父のことをも、覚えたいと思います。ふりかえってみますと、私は母には多くの心配をかけてきました。マリアだけではなく、すべての母親は、剣で心を刺し貫かれる悲しみを、我が子のためにしてきたのではないか、と思わされます。私の中には、父に怒られた思い出と、母を泣かせてきた思い出が詰まっています。なかなか、「お母さん、ありがとう」と言えないのですが、母の日には、言いたいなあと、今、思わされています。

また、主イエス・キリストは、十字架の道を進み行かれたときに、神によって、この最後の出会いの恵みを与えられました。十字架の道を進む者に、神がこの出会いを用意してくださることを覚えたいと思います。

私たちが十字架の道を進んでいくときに、そこに至るまでにいろいろな葛藤が母と子にあるかもしれない、信仰が違うと、さらにそのことによって母を悲しませることもあったかもしれない、しかし十字架の道の最後には、豊かな再会のときがある、ということを覚えたいと思います。

そしてそれはただ、肉親の母と子の再会を超えて、十字架で結ばれる新しい母と子としての再会を、神は私たちに備えていてくださるのです。

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