見えないものを信じる

キリストへの時間のトップページへ戻る

聖書の言葉

「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである。」

新約聖書 ヨハネによる福音書 20章29節

家山華子によるメッセージ

みなさんは今、どのような場所でこのラジオを聞いておられるのでしょうか?仕事に向かう車の中でしょうか。台所で朝食の準備をしながら聞いておられるのでしょうか。また、病院のベットの中で聞いてくださっている方もおられるかもしれません。みなさんにとって、今日という日はどのような日になるのでしょう。

さて、ご存じの方もおられるかもしれませんが、教会の暦では、今日はイースターです。イースターとは、イエス様がわたしたちのために死なれ、3日目によみがえられたことをお祝いする日です。

イースターは、自分たちにはあまり関係がないと思われる方もおられるでしょう。もしかしたら、初めて聞いたという方もおられるかもしれません。イエス様は、2000年以上も前のお方ですし、まして、一度死んだ人が生き返るなんて、わたしたちにはなかなか考えられません。しかも、わたしたちのために死なれたなどと、どうしてわかるのでしょう。

イエス様の時代にも、イエス様が生き返られたことを信じられなかった人がいました。イエス様の弟子の一人のトマスという人でした。イエス様が十字架に架けられ、亡くなられた後、悲しみに沈んでいたトマスは、他の弟子たちから、「わたしたちはよみがえられたイエス様を見ました」と何度も言われたのですが、信じることができませんでした。

「この目で十字架の釘の跡を見て、そこにこの指を入れてみなければ、そしてわき腹にも手を入れてみなければ、絶対に信じない。」そう言って断固として信じようとしませんでした。トマスはもしかすると、共に歩んできたイエス様が死んでしまわれたという大きな悲しみの中に沈んでいたのかもしれません。もしかすると、病気の人を癒す力のあるイエス様が、死の力には勝てなかったと思い、ショックを抱いていたかもしれません。

私たちは、悲しみを経験すると、どんどんと深い悲しみの中へ引きずり込まれてしまうことがあります。また、不安で心が塞がっているとき、悪いほうへばかり考えてしまうことがあります。死の恐怖を感じている時には、心は暗闇の中からもう出ることができないような思いになってしまいます。

そんな時、どんな励ましの言葉も役に立たないと思ってしまいます。私たち自身の力では、そこから抜け出ることはなかなか難しいのです。抜け出るどころか、自分自身で逆の方向へ向かっていってしまうことがあるのです。自分の力ではどうすることもできません。しかし、死から生き返られたイエス様は、わたしたちをそこから抜け出させる力をもっておられます。

悲しみとショックの中に置かれ、信じることができなかったトマスに、イエス様は現われて下さいました。イエス様は、トマス一人に向かって語りかけられます。「あなたの指でわたしの手に触れ、ちゃんと見てごらんなさい。あなたの手を、わたしのわき腹に入れてごらんなさい。信じない者ではなく、信じる者になりなさい。」

十字架にかかって死なれたイエス様が、その傷跡を残したからだのままでよみがえられたことを、イエス様ご自身がトマスの前に現れて示されました。信じることができなかったトマスの疑う心をイエス様はご存じでした。でも、そのトマスを責めるのではなく、イエス様の方からトマスが信じられるような方法で現われてくださったのです。

トマスは目の前のイエス様に向かって、あなたは本当にイエス様ですか?などと言う気にはなりませんでした。「わたしの主、わたしの神よ」と言うしかなかったのです。トマスの疑いは、復活のイエス様との出会いによって消え去りました。そしてイエス様を「わたしの主」と告白するようになったのです。

イエス様はそこでさらにこうおっしゃいます。「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである。」この言葉はトマスに向けられた言葉ですが、私たちにも同じことが言えます。「見ないで信じなさい」といわれると、「無理だ」と思われるかもしれません。

わたしたちはイエス様の弟子たちのように、私たちの目の前に実際に復活されたイエス様が現われて、見たり触れたりすることはできません。しかし、どうしたらイエス様が復活されたことを、見ないで信じることができるのでしょうか。

わたしたちには、聖書の言葉を聞くということができます。聖書の言葉が語られるとき、イエス様は、今もわたしたちに出会ってくださるのです。

不安や恐怖で心が塞がれているわたしたちに、

人に対する怒りや憎しみで心が間違った方を向いてしまうわたしたちに、

そして自分を誇り、自分が大きくなってしまう私たちに、

復活のイエス様は語りかけて下さるのです。

「あなたがたに平和があるように。」実際に目には見えませんが、あなたを大切に思うからこそ、あなたの代わりに死んで下さったイエス様が、死から復活してあなたと出会いたいと思っておられるのです。目に見えないことを信じるのは勇気がいることです。しかし、聖書の言葉を聞き続ける時に、あなたと出会うことを待っていてくださるイエス様が、きっとあなたの心に触れる言葉をお語りくださいます。死からよみがえられたイエス様の計り知れない力によって、みなさんの今日が、喜びの一日となりますように。

関連する番組