真実の愛は相手に何も求めないこと

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聖書の言葉

それゆえ、信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。その中で最も大いなるものは、愛である。

新約聖書 コリントの信徒への手紙一 13章13節

長井正人によるメッセージ

長井です。私は、九州の福岡県にある長丘教会の牧師をしています。

「真実の愛は相手に何も求めないこと。」

私がこの言葉を始めて聞いたのは、高校3年生のときでした。実は、聖書からではなくて、スティービー・ワンダーという盲人の黒人歌手が作曲した歌詞にあった言葉です。当時は受験勉強期間中でしたが、私は、高校3年の夏まで野球で忙しく、学力に関してはほとんど平均以下というレベルでした。

さて、夏の大会も終わり、受験勉強を始めるのですが、今まで勉強をしたことがないのでその方法がわかりませんでした。親の手前、勉強をしているような振りをしなければならず、徹夜を繰り返していましたが、内容はレコードを何時間もヘッドフォンで聞いたり、ラジオを聴いたり、でした。その期間中、スティービー・ワンダーのレコードを、すり減るくらい聞き続け、「真実の愛は何も求めない」という言葉を聴きながら、意味もあまりわからないまま「なにかすごいな」と感じていたわけです。

自分としては、かなり感動的な意味のある時間でしたが、当然のごとく、大学に入ることはできませんでした。受験は失敗という結果になりました。その後、この失敗のおかげで、教会に行くようになり、やがてキリストを信じることになるのですが、そう考えると人生どこで何が起こるか全くわかりません。人間の方から見れば、失敗した人間は成功した人間よりも惨めと見られますが、神はその人を現実の状態で判断するお方ではなくて、その人の将来像まで見据えて見ていてくださることにとても励まされます。

「真実の愛は相手に何も求めないこと」の意味を知ったのは、教会に通いはじめて、しばらくして洗礼を受けた後でした。「キリストの愛」こそ真実の愛であること、愛することは、命さえ犠牲にすることだと知ったのです。

主イエスは聖書の中で「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない」という言葉を語り、その言葉通り、私たちのために命を捨ててくださいました。主イエスにとって、私たちは大切な友です。

人は一人では生きてゆくことができないといわれています。人は孤独だと自分が感じ、だれも自分のことをわかってくれないという時、一番必要なのは、「励まし」のことばです。どんなときにも励ましてくださるお方が、キリスト・イエスなのです。そこに真実の愛があります。

キリストは、あなたから何も求めません。自分のせいで窮地に追い込まれたとしても、生きる望みを失いかけているときにも、結婚に失敗したり、相手にののしられたり、抱えきれないほどの負債を身にこうむり、それは自己責任だと非難されるときも、主イエスだけはあなたを励ましてくださいます。それこそ真実の愛です。励ましがなければ生きることがつらいのですから、主イエスの愛がなければ人は生き続けることができないのです。

主イエスがあなたに求めることは、負債を返済することではありません。主イエスはあなたから何も求めませんが、唯一、主イエスが求めているのが、「あなた自身」です。あなたが主イエスを受け入れて、友となること、それだけです。主イエスの愛を知り、主イエスによって孤独から解放された人は、主イエスの生き方や言葉を真似しながら歩むようにと、新しく変えられていきます。相手に求める生き方から、相手に与える生き方へと変えられていきます。

パウロという伝道者は聖書のなかで次のように伝えています。

主イエス御自身が「受けるよりは与える方が幸いである」と言われた言葉を思い出すようにと、わたしはいつも身をもって示してきました、と。

与えるとは、金銭や財産、時間や才能も多少含まれますが、実は、キリストの愛を人々に与えるということなのです。そのもっともわかりやすい生き方とは、なんと言っても人生のすべての時間をキリストに与えてしまうことでしょう。牧師や宣教師になることです。

私は受験に失敗しましたが、人生に失敗したとは思っていません。日本での最終学歴は高校卒業ですが、それを劣等だとも思っていません。一時は、仕事のことでいろいろと考えました。2つの仕事を掛け持ちしながら、朝の9時から夜の1時頃まで毎日働いていたときもありました。働きながらも、自分の中にある将来の不安やむなしさがこみ上げてくるのは事実でした。やりがいのある仕事を、皆、求めていると思います。自分の生活のためだけに働いているということに対して疑問がありました。

その私が教会に導かれて、キリスト者となり、今は牧師として働いています。大学さえも入学できなかった無学な私でさえ用いてくださるとは、神はなんと心の広いお方でしょう。

ここ十年間不況続きで、就職難といわれています。終身雇用制度は崩壊し長年会社勤めをしていた方々も、突然解雇を言い渡される時代です。

神はいつの時代にも、神のために働く働き人を待ち望んでいます。神のために働くことは、「キリストの愛」を人々に伝え、キリストの友を増やしてゆく、すばらしい働きです。キリストが命を捨ててあなたの命を救いとってくださった生き方は、受けるより与えるほうが幸いな生き方です。

あなたの人生は、キリストが与えてくださったものです。キリストのために生涯働きませんか?若い人でも中年でも、人生の中で一度は、牧師や宣教師になることを神からの招きとして真剣に考えてみてはどうでしょうか。いつの時代にも、牧師や宣教師は足りません。神に代わってお願いします。今日から牧師や宣教師になることを祈り求めてください。必要なものは「なりたい」という気持ちだけです。残りは神が備えてくださいます。

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